ワクチンを接種したことを証明する「ワクチンパスポート」という仕組みが注目を集めはじめ、とうとうYahoo!トップでも扱われました。反対意見もあるようですが、世界の趨勢からすれば間違いなくスタンダード化していきます。1日200本以上海外メディアの記事を確認している筆者がこれまでの経緯と現状、今後の見通しをまとめてみました。

そもそもワクチンパスポートとは?

まず「ワクチンパスポート」という言葉自体が世界でも日本でも定着してなく、世界でも「Health Passport」とか「Vaccine Passport」、「Travel Passport」などと様々な表現がされています。

このうち一番多く見るのは「Health Passport」で、当サイトでも「健康パスポート」と表記してきましたが、もともとワクチンが開発される前に陰性を証明する手段としての表現だったためで、ワクチン接種が各国の主眼となった今後は「ワクチンパスポート」が主流になっていくと思われます。(とはいえ、欧州は後述する通り「デジタル・グリーン・サーティフィケート」または「デジタル・グリーン・パス」と呼んでおり、すでに一筋縄ではいきませんが。)

ちなみに、呼称そのものの意味を考えるとパスポートは身分を証明するものであるのに対して、現在議論されているのは「入国の資格を有するかどうか」を証明するものであり、「健康ビザ」「ワクチンビザ」の方が適切な気がしています。

リードするのは「CommonPass」と「IATAトラベルパス」

防疫的観点で人の往来を制限したりワクチン接種歴を確認しようとする動きは新しいものではなく、例えば「黄熱予防接種証明書」はこれまでも求められてきました。しかし、人の健康状態をデジタル化して管理しそれを出入国に活用しようという動きが顕在化したのは今回が初めてでしょう。

筆者が記録している限り、米国の業界誌Skiftがすでに昨年4月の段階でコロナ陰性を証明する「コロナパス(CoronaPass)」というアプリをBizagiという会社が開発しコンサル大手のErnst & Youngが導入したことを報じており、この頃からすでに「自分は安全なんだ!」をデジタル(または紙)で証明する必要性は認識されていました。そして、先行していたにも関わらず「Bizagi CoronaPass」と検索しても現在は新しい情報が出てこないように、淘汰の波が激しいのも特徴です。

現在優位に立っているのは、スイスのNPOと世界経済フォーラム(ダボス会議の主催者)が主体となって推進する「コモンパス(CommonPass)」と、国際航空運送協会(IATA)による「IATAトラベルパス」でしょう。メディア露出の時系列としては、国際商業会議所(ICC)とInternational SOSなどが共同開発したAOKpassの方が早かったと思われますが、コモンパスとIATAトラベルパスの後塵を拝していることは間違いありません。

偽造を防ぎ出入国を確実に

ワクチンパスポートの構想は基本的には単純で、「ある人がワクチンを摂取した」ことを証明するQRコードを発行し、スマートフォンなどで提示して読み取ってもらうことで入国などが認められるようになります。同時に、ワクチンだけでなく「すでに感染し回復している(=免疫がある)」、また「検査の結果陰性である」といった事実も証明できるように準備が進められているケースが多いです。

筆者は1月にシンガポールに渡航する機会を得ましたが、陰性を証明するのは検査結果の紙切れで簡単に偽造が可能と感じました。英国ではすでに偽造の陰性証明を販売した人物が逮捕されたりしています。こうした中で現在の取り組みは、デジタル化、というかしっかりとした仕組みをつくることで管理を厳しくし、国にも旅行者にもメリットがある形を目指そうとしています。

映画館など普段遣いも、個人情報保護が壁

実際の仕組みとしては、ワクチン接種の履歴や検査施設からの検査結果、さらに医療機関からの回復歴などをデジタル化し、出入国などの機会に確認できるようにします。データの格納方法については、ブロックチェーンを使う(AOKpassなど)とか、データ自体はユーザーの端末側に保存するとか、色々と方法はあるようです。

これが実現すると、例えばこうしたアプリ上で問題がなければ海外旅行が認められる、といったことが可能になります。そして同様に、例えば映画館やイベントに入場するとか、もっと言うと現在は悪者扱いされがちな「夜の街」や飲食店も入店時にQRコードのスキャン一発で責任を(ある程度)回避できるようになります。

もちろん、個人にとって極めてセンシティブである医療の情報をどう扱うのかとか、先に接種が完了した人がお墨付きで良い思いをすることになって不公平だ、とか諸々の議論もあり、欧州、特にフランスでは懸念が大きいようです。また、中国やロシア製のワクチンをどう評価するのかといった問題も出てきます。

さらに、業務渡航の分野では、企業として接種を強制しようとすると宗教などの理由もあって難しい判断となるでしょう。

百花繚乱の開発状況

現況としては、先述の通り昨年からテストを開始するなど先行しているコモンパスと、最近になって急激に追い上げているIATAトラベルパスが先頭集団であることは間違いないありません。IATAについては、個人的には航空業界の団体として自ら選択肢を増やすより利用促進に注力してほしいと思うのですが、仕方ありません。

そして、それら先頭集団以外でも、欧州ではEU共通の枠組みとしてデジタル・グリーン・サーティフィケート(Digital Green Certificate)が提言されているほか、中国も独自の仕組みを発表し、さらにアフリカ連合でも「Trusted Travel Pass」が導入されるなど百花繚乱、群雄割拠の状況です。

さらに付け加えると先述のAOKpassもありますし、アメリカン航空やブリティッシュ・エアウェイズは「VeriFLY」を、デルタ航空やヴァージンアトランティック航空が「TrustAssure」を試したりしており、航空会社によっては自前のアプリに機能を内包するなど広がりがあります。あるいは、Clearという米企業が1億米ドルの資金を調達したという話題もありました。

また米国内でもニューヨーク州が独自の「エクセルシオールパス」の導入を発表した一方、フロリダ州は知事がワクチンパスポート禁止の意向を示すなど差が出ており、今後の注目が必要です。(ちなみに米連邦政府はワクチンパスポートの枠組みを作るのは民間で自分たちはそれをサポートする立場だと判断しています。)

往来再開はどう進むのか

今後の方向性としては、主要国・地域は下図の通りワクチン接種も順調で、少なくともワクチンを接種した旅行者については前向きに受け入れる方向に動く国や地域が増えてきています。例えばタイは7月1日からプーケットに限定してワクチン接種者の隔離を不要にし、それがうまくいけば10月からはチェンマイ、クラビ、パタヤ、パンガー、サムイ島にも拡大していく予定です。

そして、そうした過程のなかで目の前の旅行者が本当にワクチンを接種したか、あるいは免疫があるかを証明する手段は、紙にせよデジタルにせよ求められていくでしょう。日本でもすでに全日空と日本航空がテストを始めているほか、経産省も昨年末にコモンパスの仕様に則って対応していく方針を示しました

こうした中で、各プレーヤーがそれぞれの思惑を抱えながら主導権を握ろうと競っているわけですが、上述の通りの群雄割拠状態でどこかが一人勝ちしていくとは考えにくい状況です。

そうした中で、予想できる範囲での未来としては共通の規格が整備されていく見込みで、すでに1月にはマイクロソフトやオラクルがワクチン証明の標準規格の構築に取り組むことが記事になっていたほか、2月にはコモンパスやIATAトラベルパス、VeriFLY、Clearなどの関係者が協議会を立ち上げています

また、SITAは、ホテルにとってのチャネルマネージャーのように複数のワクチンパスポートに対応するためのツールを開発しています。

現在はまだ混乱した状況ではありますが、こうして枠組みが整えられてくると例えば「タイはAかB、イギリスはAとCとDのワクチンパスポートに対応しています」というような流れが予想されます。そしてそれが普及していけば、その先には出入国だけでなく、ホテル滞在中の非接触化や空港での「顔パス」などの進展も見えてくるもの思われます。