コラムを再開することにしまして、まずは以前と同じくその週にお届けした記事の中からコメントしていきたいと思います。
今週最もアクセスがあったのが「旅行業を営む会社、あるいはそれに携わる人々は自分を何と呼ぶべきか」という問題を提起した記事でした。travelmarket reportという業界メディアのコンテンツをご紹介したものですが、ここで紹介された旅行会社は自らのサービスに誇りを持って「プライベート・トラベル・デザイナー」を名乗っているということで、個人的にとても感銘を受けました。
前職でも書いた覚えがあるのですが、「名前」というのは極めて重要です。名は体を表すと言いますが、もっと根源的に「名前がなければ他と区別しようがない」のです。例えば、これを読んでおられるあなたは人間であるわけですが、「人間」や「人」という言葉が存在しない世界を想像してみてください。そこではあなたには哺乳類とか生き物というような名前しか残されていません。そして、さらにそれらの言葉もなくなってしまったらいかがでしょうか。
このように名前は、この世の中で物事に境界線を与えて他と区別し、そこに「存在させてくれる」ものです。スタジオジブリの「千と千尋の神隠し」では湯婆婆が「相手の名前を奪って支配する」という設定がありましたが、名を変える(千尋を千にする)ことで千尋という人格から自意識を引き剥がすと考えることができるでしょう。全体主義的な社会にいたとして「お前の名前はふさわしくない。今日から◯◯と名乗れ」などと強制されたとして、ずっと自分を保っていられるでしょうか。
少々恐ろしい話になってしまいましたが、名前というのはそれだけ力があるわけで、逆に言えば適切な肩書きを身につけることで正しく周囲と差別化し存在を際立たせることもできます。自分たちは「FITの顧客にプライベートでハイタッチなサービスを提供し、それぞれのお客様に合わせて唯一無二の旅行をデザインしている」から「プライベート・トラベル・デザイナー」なのだ、という件の話はその好例と感じます。
日本語で一口に旅行会社と言っても、英語だとtour operatorやtravel advisor、travel management company、destination management companyなど多様な表現があり、宿泊業もhotel、resort、wellness retreat、B&B、alternative accommodation、short term rental、vacation rental、service apartmentなどいろいろあります。しかし、日本では旅行会社であれば扱うものがMICEだろうがFITだろうが何であっても旅行会社は旅行会社で、業界内ではインディビ系とかなんとか言いますが、消費者からすれば自分が得られるサービスにどのような価値があるのかを想像するのは困難でしょう。
和田アキ子さんのモノマネで人気を勝ち取った芸人のMr.シャチホコさんが「ところであなたは何をされてる方なの」というフレーズで笑いを取っていますが、その答えが自然と伝わっていないという状況が笑えているわけで、これに即答できて驚嘆や関心を得られることの意義を考えると、この問いは実はものすごく大切です。
もちろん「旅行会社」や「ホテル」などの一般名称をいきなり変えることはできませんし、実態とかけ離れた名を付けても意味はなく、さらに宣言したからには軽々しくそれを諦めたり逸脱するべきではありませんが、「自分たちは何であるか」「どのような顧客価値を提供できるのか」にしっかりと向き合い、謙虚さはほどほどにしてそれを言語化していく努力はしていかなければならないだろうと考えています。(松本)