歌舞伎俳優の中村吉右衛門さんが亡くなってしまった。ファンの1人として大変ショックを受けている。歌舞伎を観たことはないが、テレビ時代劇の鬼平犯科帳はDVDを全巻揃えているほどで残念でならない。

もともとは池波正太郎作品にのめり込んだのがスタートだったが、「鬼平」の映像は原作の世界観が見事に表現され、特に吉右衛門さん演じる主人公・長谷川平蔵は、鬼神のような強さだけでなく人間味あふれる振る舞いや公正な裁定、卓越したリーダーシップなど、社会人として、組織の長としての理想をすべて備えているように筆者には映り、劇中の人物ながら敬慕の念を抱いていた。

平蔵を支える周囲の登場人物も大変魅力的で劇を豊かなものとしており、現在大活躍中の香川照之さんが20代だった頃の若々しい演技といった楽しみもあるので、もし機会があれば是非ご覧になることをお勧めしたい。

旅行や観光となんら関係のないことを書いてきてしまったが、ここで書いておきたいのは「人は死ぬ」ということだ。平蔵の密偵として活躍した蟹江敬三さんや綿引勝彦さんら多くの登場人物がすでに物故しているし、また原作小説も作者逝去のために未完で終わっており、ファンの1人としてはそういうことをつい考えてしまう。

翻って、こうした「生き死に」を直視する機会はコロナ禍で多くの人に増えており、それがためにコロナ後の世界では「一生に一度の旅」への意欲が高まると予測されている。日本でもこれまで志村けんさんや岡江久美子さん、高田賢三さんといった著名人が亡くなられており、そうしたなかで「どうせいつか死ぬのだから」と夢の旅行を実現しようとする消費者が増えたとしても不思議ではないだろう。

そもそも、「人生は1回限りの旅」とも言うし、死を旅立ちとも表現する。医療関係者である妻との結婚によって尊厳死であるとかQOL(クオリティ・オブ・ライフ)といったテーマも身近となっており、そういった死生観と旅との関わりは今後より深く探求していきたいと思う。

なお、今週はワールド航空サービスの最終報告が出されたが、これで幕引きは無理筋ではないかと書いた中間報告と大差ない内容で、不正受給だったかどうか「判断できない」から雇調金の全部か一部を自主返納して会長と社長は交代すべしと提言されたらしい。Twitterを見てみるとこの話題に関する投稿も下火になっており、じきに過去の話となりそうな様子だが、釈然とはしない。

とはいえ、同社にとってはブランドに大きな傷が付いて今後の顧客獲得や事業承継などにも不安が生じるはずで、すでに一定の罰を受けていることも間違いない。そう考えると積極的に傷口に塩を塗りつづける気にはなれず、また書くにしても中間報告に対する主張の繰り返しとなるのでこれ以上のコメントは止めておく。

ただ、業界全体の問題としては、このような不確かな状態のまま前に進むことが後々の足かせとなる可能性を懸念している。日本旅行業協会(JATA)はこれから新体制に移行していくのだと思うが、最初にどう振る舞うか、自浄作用があることを見せられるかどうかで評価は大きく変わるだろう。

この問題について書いた最初のコラムでは、コメント欄で「JATA定款にある第12条の項目に該当してしまう」可能性を指摘いただいたが、同条文には「本会の名誉を汚し、又は信用を失うような行為があったとき」「総会の決議によって当該会員を除名することができる」とある。

不正があったか「判断できない」状態ということで除名まで踏み込むことはないだろうけれども、客観的に信用を損なったことは間違いなく、再発防止や他社の実態調査などを含めて臭いものに蓋の姿勢でいると、なにかある度に「やっぱり旅行会社は」と言われ続けるようになってしまうはずだ。(松本)