先週は、「ヒトによるサービス」の可能性について考えを述べた

ごく簡単にまとめると、「OTAなどのオンラインのプレーヤーはこれまで『時間と金』をセーブする方向に力を発揮して一気にシェアを奪ってきた」、しかし「現在はプレーヤーの数が増えてサービスの内容やマーケティング手法が多様化し、ネット上の情報も質量ともに個々人が到底消化しきれないまでに膨れ上がり、消費者は正しい選択がどれか分からず途方に暮れる」、その行き詰まりの状況下で「今後は人間がテクノロジーをうまく利用して手間暇を引き受け、その上で『失敗しない』『がっかりしない』といった安心感を約束できるサービスが脚光を浴びる」と書いた。

そしてその潮流の中で、「安心感に加えて顧客の好みに応じてパーソナライズした提案をできることが最も高い価値を生む」とも書いた。

現代を生きていると、そうした「オンライン旅行流通の行き詰まり」や「相手に刺さる提案」についても、AIが魔法のような力を発揮して人間の役割を代替していくと思いがちだが、実際にはそんなことは(少なくともしばらくは)ない。本稿ではその点について掘り下げていく。前回に続いて少々長くなってしまったが、次回以降は調整し適度なボリュームに抑えていくつもりなのでご容赦願いたい。

AIの現状おさらい

AIの強みや弱みついてここで事細かに書くほど詳しいわけではないが、情報処理能力における人間の敗北は明らかだ。ただし、人工「知能」と言われてはいても、少なくとも今は人間のように考えたり、感動したり、欲情したり、本能的に何かをしたりすることはできない。

現在よく耳にするAIは、何かの目的を達成することだけを意図した「特化型人工知能」というもので、旅行観光産業でも例えば航空運賃や宿泊料金の変動を予測したり、オンライン決済の不正利用を監視したり、チャットボットとして問い合わせに応対していたりする。このようにデータをもとにより良い選択をするのはAIが得意とするところで、むしろ人間の能力を超えてデータの連関性や異常性を見つけてくれたりする。

これに対する「汎用人工知能」は文字通り「色々なことができる」もので、人間並みかそれを上回る汎用的な知能を指す。単にデータや前例に基づいて判断するだけでなく、突然「天啓」を受けたように思いついたり、データや経験の蓄積がなくても結果を予測して回避する選択をしたりできるはずのもので、人工知能の能力が人間を超える「シンギュラリティ」の議論にも繋がる存在だ。

ただこちらは実現の目処が立ってなく、そもそも不可能という話もあって、実現可能派の中でもその時期は2029年とか2200年でも50%の確率とか大きな幅がある。そのため、我々のような素人がその出現を前提にあれこれ思い悩む段階ではない。

ということで、今は「オンライン旅行流通の行き詰まり」や「相手に刺さる提案」といった分野において、特化型人工知能が人間よりも優れた結果を出すのかが議題となる。そしてこの問いに対して、私は人間が負けるわけがないと考える。

鍵を握るのはデータ

もちろん、ケースバイケースなのは世の中の常。出張で効率よく時間を使って出張者のストレスを軽減して、というようなデータが揃えやすいケースでは人間の分が悪くなる。(ただし、AIエージェントが電話1本で「よろしく」と任せられるような全幅の信頼をおける存在になるにはやはり時間がかかるはずだが。)

一方、観光は変動する要素が非常に多い。誰と行くか、どんな心理状態か、どんなライフステージで行くか、どこに行くか、なぜ行くか、どの季節に行くか、何をしたいか、何を期待しているか、予算と期間はどれほどか、等々枚挙にいとまがない。例えば「誰と」と「心理状態」だけをとっても、パートナーとの初めての旅行、失恋した後の1人旅、老いた親への親孝行を兼ねた家族旅行では話が全く異なるだろう。(そう考えると旧来型のお仕着せのパッケージツアーから消費者の心が離れる理由もよく分かる。)

それぞれに適切なデータが潤沢にあればAIが俄然有利となるが、それを網羅的に揃えるのは相当に困難なはずで、そもそも例えば一口に失恋と言っても感情は様々であり、そう考えるとまともなパーソナライゼーションができるはずがない。性別とか年齢、興味など利用可能な条件をもとにお勧めを提示して導入以前よりコンバージョン率が上がった、というようなことはすでにあるだろうが、消費者にとっての理想のパーソナライゼーションからはほど遠い。Googleやソーシャルメディアが本気を出すと話は違うかもしれないが、米欧での規制強化の流れもありどうなるかは不透明だ。

今後はAIも細分化、B2Bの盛り上がりにも期待

すでにAIによる最適な旅行の提案を謳うスタートアップは登場しているが、例えば最近取り上げた「Una Travel: Smart Trip Planner」は、AppleのApp Storeで5段階中4.8点の評価を獲得しているものの、アプリでは最初に好きなホテルのタイプや料理のジャンル、アクティビティなどを聞かれるのみ。それで満足するユーザーもいるだろうが、近い将来で趨勢を占めるとは全く考えられない。これは勝手な憶測だが、資金調達のためにとりあえずAIの御旗を掲げていることも多いのではないかと思う。

今後オンラインの世界で起こりそうな展開は、お一人様専用など条件を絞ることで強みを構築するパターンで、世界各国の人間を1ヶ所に集めることに特化したサービスなどはすでにあるし、「とにかく安く」というニーズに対してはすでに価格変動を予測、監視して安くなったら通知するサービスが複数出てきており、その代表格のHopperはユニコーン化している。

こうした状況の中での予測としては、大手だけでなく、顧客サイドに寄り添える中小旅行会社向けにもIATA BSPやSojern、STRといった様々なデータとそこから導き出される動向予測、そしてそれぞれの会社が持つ知見を組み合わせられるCRMツールなどがB2Bで出てくるはず(すでにあるかも)。そうしたテクノロジーをどう使うかが人間にかかっている。

ちなみに、将棋の世界ではすでにAIが人間を圧倒しているが、棋士の地位を危うくしたかというとそんなことはない。むしろ戦況を素人にも分かりやすく示すことで新しいファンの獲得に貢献しており、それと同じような構図が旅行の提案でも可能になると期待している。(松本)