2023年が始まった。コロナ禍もほぼ3年となったが、一部で入国制限の再開など若干の後退も見られつつも、諸外国では旅行観光産業にとってのコロナ禍はすでに過去のものと扱われる場合が増えてきているところ。日本は大体半年くらい遅れてトレンドを追うかたちとなっており、今年は本格的な回復が期待される。
一方、コロナ禍が働き方や生き方(あるいは死に方)を見つめ直す機会となったことは、これから全世界的なニューノーマルとして旅行を含め消費者の行動を変えていくはず。サステナビリティや地政学的リスクの問題もあり、期待と不安の入り交じる年明けだ。
そこで今日は、2023年がどのような1年となるかを予想するためのキーワードを集めてみた。
サステナビリティ
1つ目はサステナビリティで、これだけで長大な文章が書けるほどのトレンドとなっているが、ひとまず簡単に。地球環境や社会が持続しない限り旅行や観光はおろか人間の生活も成り立たないわけで取り組みの重要性は論を俟たず、日本でもハワイ州の「マラマ・ハワイ」など先駆的な動きも見えはじめている。
これから押さえておきたいポイントは、環境への負荷を軽減するなどという低次元の話に留まらず「リジェネラティブ(Regenerative)」や「ネイチャー・ポジティブ(Nature Positive)」といった言葉で表現されるように、より良い影響をもたらすことに視点が移りはじめていること。例えば、旅行で排出する二酸化炭素の量を別の何かで相殺しようとするカーボン・オフセットも、排出自体は減らないことからもはや問題の根本的な解決策ではないとしてなるべく避けるべき選択肢となりはじめている。
今後はインバウンド/アウトバウンドの双方でこれらの影響が顕在化してくるはずで、具体的には環境や社会のサステナビリティに明示的にコミットしていないデスティネーションや企業、旅行者が選択肢から排除されるようになる可能性があり、その意味で第三者機関による認証制度などへの注目も高まっていくだろう。
また、これはLGBTQ+やアクセシブルツーリズムなどのDEIにも共通する流れで、うまく対応すれば高い費用対効果が望める一方、振る舞い方を間違うと大炎上のリスクもあり得る。
インフレ/シュリンクフレーション
インフレの影響については、今のところ少なくとも海外では不安要素ではあるものの旅行への熱望はそれを上回るとの調査結果が多く示されており、最近は若干緩和されつつあるが円安傾向が続いている訪日部門にとっては引き続き追い風といえる。
ただし旅行費用自体も値上がりしており、今年もその傾向が鈍化はしても値下がりに転じる可能性は低いと見られている。コロナ禍での人員削減によって人手不足に陥った海外ホテルなどでは価格は据え置いて客室の清掃を減らすなどサービスレベルを低下する「シュリンクフレーション」が批判の的となっているが、値上げをしながらサービスは縮小する例もあり今後も「コスパ感」は悪化していく模様。
ちなみにこの年末年始だけでも、カーニバルクルーズラインが昨年の5月に続いて船内チップの徴収額を引き上げWiFi使用料も値上げすることや、ノルウェージャンクルーズラインが客室カテゴリーによって客室清掃の頻度を削減することが発表されている。
人手不足
先程も触れた人手不足は今年も深刻で、むしろ日本ではこれから旅行需要の本格回復とともにより鮮明になっていく可能性がある。旅行業界に捨てられたという怒りや様々な外的要因によって同じような事態となることへの恐怖は根強く、ある程度は時間が解決するとしても給与や福利厚生、働き方の見直しなど待遇の改善は当然予想される。
アルジャジーラが1月2日に掲載した記事では、バリの宿泊施設がスタッフを雇用しようとすると最低でも2019年の1.5倍の給与を提示することが必要となっているなどとする状況を伝えている。
「目的地」より「目的」重視
旅行の計画において「いつどこへ行くか(Where/When)」は重要な要素だが、少なくとも海外においては「現地で何をするか(What)」あるいは「どう旅をするか(How)」が重要になっている。
コロナ禍でニーズの高まった「自然」や「アウトドア」、「アドベンチャー」はもちろんのこと、12月にまとめた「ウェルネス」や「デジタルデトックス」のトレンドも要注目で、最近は「ノンアル旅行(Sober Travel、シラフ旅行)」の記事も増えてきている。
また、文化や歴史などより本質的な価値のある深い体験へのニーズも高まっており、先住民族との交流や学びをテーマとした記事が増加中。さらに、SITの進化系的な「パッションエコノミー」の旅行も注目を集めつつありインフルエンサーを起点とした旅行や、ストーリー仕立てにした旅行などにもチャンスがあるだろう。一人旅についての記事も増えている。
ワーケーション/ブレジャー/ノマド
業務渡航市場については、サステナビリティ対応の圧力やオンラインミーティングの浸透から完全な復旧は難しそうとの見方が広がっているが、逆にワーケーションやデジタルノマドへの期待はますます高まっているところ。旅行期間の長期化は周遊の可能性拡大にも繋がり、地方分散や周辺国との共同誘客などの可能性も見えてくる。
その他
このほか、書くまでもない当然の話としてテクノロジーはますます活用が進んでいく。人間にできない処理の速度や量を機械に委ねることで人間ならではのサービス価値を最大化するのが基本だが、場面に合わせたチューニングも重要となる。メタバースについては、昨年は海外メディアでの露出も増えた印象だが今年飛躍的に利用が拡大したり浸透したりすることはないはず。とはいえ浸透してからでは遅いので引き続き注視したい。
そして最後に、最も頭が痛いのは地政学的リスクで、真剣に向き合うと少なくとも国際旅行の事業はハイリスク・ローリターンということになって手詰まりになりかねないが、こればかりはなんともしがたい。皆が気付いているけれども触れようとしない問題を英語で「The elephant in the room(部屋の中の象)」と言うが、地政学リスクはまさにこれであり続けるだろう。
象が部屋の外に出ていくことは残念ながら期待薄であり、業界関係者としては平和産業の従事者として草の根レベルでの相互交流を促進し象が暴れだすことのないようにするひたすら地道な意識が求められていく。