今週のメールマガジンで最もクリックされたのは、世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)が発表した日本の旅行観光産業へのコロナ禍の影響でした。媒体の特性上、日本に直接関わらない話題が多いため、こうした記事を取り上げると必然的に上位に入ります。ちなみにウェブサイトのアクセスの1位は韓国の制限緩和の情報で、メールでは10位ですので結構な差があります。最近流入数の増えたトラベルビジョン読者との興味の差でしょうか。
件のWTTCのレポートでは、日本の旅行観光産業で働く29万人超が2020年の間に職を失ったと推計しています。正直なところどの程度の正確性があるのかはわからず、国際航空運送協会(IATA)が航空産業のダメージを語る時と同じようにある程度は強調されているのではないかと思いますが、私も職を離れた1人ですので他人事ではありません。
私のメールマガジンの読者でも求職中と思われる方が少なくありませんし、また私が20代前半でアルバイトをして人生を変えられたホテル椿山荘(当時はフォーシーズンズホテル)を運営する藤田観光も早期退職を募集しており、業界全体が厳しいなどという言葉では表現しきれないほどの状況にあります。
まあ、その藤田観光では私が在籍していた2000年代前半にも早期退職の募集があり、その時にはお世話になり慕ってもいた働き盛りの先輩方が大勢いなくなり、ロビーに立つのは新人スタッフばかりというような状況となって絶望的な気持ちになったことを記憶していますが、実際のところはそれなりにつつがなく営業が続いたこともはっきり覚えています。今回もきっと、「居心地は変わったけれども思ったよりは落ち着いている」というような状態になっていくだろうとは想像します。
しかし、「大体は元に戻りました、めでたしめでたし」ではいけません。別のなんとかウィルスが出てくることもあるでしょうし、地震などの天災もあるわけで、この2年間(ある程度落ち着くのが来年の初めと仮定して)に国として、業界として何をして、それによってどのような結果を得たのか、検証は絶対にしなければなりません。
特に、これほどまでに脆弱だったかと痛感させられた旅行業のあり方は、真剣に見直す必要があります。これまでも危機だなんだと言いながら「茹で上がらない茹でガエル」を続けてきたわけですが、このままだと喉元過ぎればでまた同じことを繰り返すことになるでしょう。これに対して海外では、例えばコロナ禍をきっかけとして顧客から手数料の徴収をついに始めたという旅行業者も出てきています。
また、日本では「和を以て貴しとなす」で波風を立てないことが尊重されますが、時には忌憚ない議論も必要です。英国では、ライアンエアーとマンチェスター空港運営会社が英国の保健長官と運輸長官を相手に異議申し立てを起こし、それにヴァージンとブリティッシュ・エアウェイズも同調するという動きが現在進行系で出ていますが、日本に置き換えて考えると全日空と日本航空、関西エアポートあたりが厚生労働大臣と国土交通大臣を訴えているわけです。
また、IATAのウィリー・ウォルシュ事務総長(この方もアイルランド出身でBAやIAGの元CEOですが)も、「英運輸長官は何もしないから運輸しない長官だ。自分が知っている歴代10人のうち9番目に酷い」と公然と非難してみたり、米英首脳を「臆病者」とこき下ろしてみたり、大変過激です。
翻って、おおっぴらにお国を批判した日本旅行業協会(JATA)会長はいたかな、と思い返してみても私は知らず、全国旅行業協会(ANTA)にいたっては会長が与党の幹事長として「これ以上やりようがあるか」などと話してしまうわけですから望むべくもありません。批判するべきポイントがないならばいいですが、例えば入国者のうち1日約4000人が位置情報の報告を怠っているという件を一つ取ってみても、こうしたザル対応は国に対する評価を下げるだけでなく、海外との往来自体への不信感を高め、早期の再開を妨げるでしょう。
英語で「representation」は「代表する」と同時に「代弁する」というニュアンスもあり、例えば議会に占める女性や人種の割合が実際よりも低いと「under-represented」と表現されたりするのですが、ツーリズムを支える一人ひとりは非力な我々を、誰がどう日本の社会に対して代表し代弁していくのか考えなければなりません。政治家や役人、世間の空気におもねりへつらい、唯々諾々と無批判に足並みをそろえて従い、ただひたすらに根性で耐えるだけでは、本当にろくな未来はないでしょう。(松本)