米国では、マスク着用を巡って航空機内でのトラブルが多発している。コロナ禍で心の余裕が失われていることもあるのだろう。そして、そうした中でデルタ航空は搭乗禁止のブラックリストを航空会社間で共有したいと考えているらしい。
確かに、自分勝手に騒ぎを起こして搭乗禁止になったような人物の横に座るのは願い下げだ。特にあちらでトラブルを起こしてバズっている旅客の動画なんかを目にしてしまうとなおさらで、近くで乗り合わせるだけでその旅行全体にケチがついてしまいそうに感じる。
ただ、トラブルの種はマスク着用といった分かりやすいものばかりではなく、法に反しているわけではないが航空会社が独自の判断でブラックリストに入れるようなケースもあるはずで、一方的に下された評価を広く共有すべきなのかという疑問は生じる。また、別の問題として個人情報の保護をどう考えるのかという点も俎上に載せる必要がある。
そういえば、日本のホテルでも「UG会」というのがあった。UGとは「アンデザイアブル・ゲスト」の略で、文字通り招かれざる客を指しその認定基準はホテルによって違うはずだが、例えば料金を踏み倒す「スキッパー」などは間違いなく入る。そして、今でもあるか分からないが、UG会はそうした客の情報を共有し被害を未然に防ごうとする会で、筆者が働いていた2000年代には近隣の施設と情報交換していると教えてもらった記憶がある。
ただ、今の個人情報保護の観点からすれば手口や外見の特徴を共有するくらいしかできず、抜本的な解決策を考えると「犯罪者リスト」のようなデータベース化が必要となる。そして、それができるのは国家しかないだろう。
しかし、冒頭の米国航空業界にはすでに政府による搭乗禁止者のリストが存在するものの、なんで入ったのか分からなかったり、捜査に協力しなかった腹いせとか監視対象に名前が似ているというような理由で入ったりするらしく、残念ながら問題だらけ。日本社会ならもう少しまともに運用できそうな気もするが、誤認逮捕ならぬ誤認登録をしてしまった時の責任の所在などを考えるとハードルは高い。
もちろんホテル単体や同一企業内であれば話は別。ただ、例えばUGや一部の歓迎できないリピーターについて予約チャンネルを問わず横断的に在庫を消す、といったことが可能になれば現場の負担は大きく減るだろうけれども、技術的な問題を想像するとやはり色々と難しそうだ。
また、個人情報を利用せずに個人を特定して排除する方法があればいいが、そうなるとやはり手口や特徴しか手がかりはなくなる。スーパーなどでAIを使って防犯カメラ映像から万引き犯の可能性のある人物を警告するというような話も出てきているが、ホテルで予約受付やチェックインの際にそれを信じてお断りできるほどの確度を実現するにはAI特有の失敗を何度も繰り返す必要がある。
サービス経験者の一人として思うのは、サービスパーソンとして最もしたくない、あるいはして楽しくないのはお客様を疑うことのはず。AIに従って相手を疑ってかかったらやっぱり違いました、などというのは、やらされる方はたまったものではない。
なお、最近は「新型コロナウィルスへの感染が疑われれば宿泊を拒否できる」ようにしようという話もあるようだが、無症状の陽性ということもあるわけで、疑いはじめれば全員感染しているように思えてしまうし、逆に症状のある人だけ隔離しても何の意味もない。
そんなことよりも、インフルエンザと同様にエンデミックとして受け止め、かかってしまえば仕方のないこと、リスクが高まる場面では用心すること、そして急変時には粛々と対応をすることこそが、航空や宿泊を含めた旅行観光産業全体を救うあり方だ。(松本)